こんにちは、啓太です
先日プランターを作ったというブログを書きました
そして小さいけれどそのプランターに将来持ちたい畑の名前をつけました
そのことについてお話したいのですが、その前に私がパートナーとたまに行うワークがあるのでそちらを先に説明させてください
それは将来自分が「どんなところにいて、そこにいる自分がどんな気持ちでそこにいるか想像してみる」ということです
そこには私の思い描く未来があります、自分の頭の中を覗いているのですから当然ですよね
少しわたしの頭の中を覗いてみましょう
頭の中のわたし
わたしは森の中の平屋建てにパートナーと住んでおり、そこには畑があり近くに川が流れています
そしてわたしは作業に没頭できる場所を持っています
そこにはシェービングホースという木のスプーンやヘラなどを作るときに使う木工の道具があって、それを使って商品を作ることに没頭している自分がいます

その家にたまに訪ねてくる人がいます、ここでは仮に「彼」とします
わたしたちは彼を迎え入れ、紅茶を淹れて一緒にゆっくりとした時間を楽しみます
ゆっくり時間と紅茶を味わった後、私は彼をシェービングホースに座らせこれからスプーンになるのだかヘラになるのだか、はたまたオブジェになるのだかわからない可能性のいっぱい詰まった木の板を彼に与え削ってもらいます
彼は木を削ることに夢中になります
明確に作りたいものがあってそれを目指して削っているのか気のままに直感で削りたいところを削っているのか、わたしにはわかりませんが彼が作業に没入していることはわかります
人はなにかに没入しているときは日常の嫌なことや人生の先行く不安なんかをさっぱり忘れることができると思うのです
そして彼は自分の目の前にある木を見つめ一点集中して削り「今」というかけがえのない時間を体いっぱいに感じるのです
日の沈むころ、彼は作業を終えます

彼の作品が出来上がったかどうかは重要ではありません
ただ作業を終えた彼はいい顔をしています
子どものころに感じていた、体力と門限の許す限り遊んでいたときのような疲労感と爽やかさが混ざった顔です
その日は一緒に家でごはんを食べます
彼の話を聞きながら、彼とわたしたちを繋げてくれたことに感謝しながら夕食の時間を楽しみます
その夜、彼は家に一泊して次の日彼は自分の作品を持ってこの家を後にしたのでした
その後彼には新しい選択肢が生まれることになります

彼はわたしたちのような生き方があることを知り、自分の生き方を見つめなおすこともできます
辛くなったら来れる場所が一つできたことで今の仕事を続けるモチベーションにすることもできます
ここはそんな彼のような人が訪れて、自分の今後の生き方を見つめなおす機会となる場所
わたしたちはそこで静かに暮らすのです
まだ見ぬ来訪者を待ちながら、今日もわたしは没頭するのでした
畑がある生活
このようにこのワークでは実際にそこで暮らしているときの自分をしっかり説明できるくらい想像の輪郭をはっきりさせるのです
そして頭の中の世界にあるものと今の自分にあるものを考えます
頭の中には畑があって毎日食べる野菜がまかなえるほどの広さの畑を持っていました
今の自分にはそんな畑はありません
だったら、今の自分にも持たせてあげましょう
小さくても、プランターでも、そこで採れた野菜が食卓に並ぶという思い描いた現実を叶えてあげるのです
我が家のプランターは小さくて、青じそとバジルと手の平に納まるほどの小さい茄子(手乗り茄子という小さい茄子の品種)が育てられる程度の大きさです

それでもやはり収穫できたときは嬉しいし、日に日に大きくなっていく作物を見ているだけで幸福感いっぱいになります
この感覚はやはり実際にやってみないと味わえない感覚です
将来持つ畑のイメージトレーニングにもなるし、目標に一歩近づいたという達成感もあります
そんな我が家の畑は「ナニヌネノーエン」と呼びます
命名したのはわたしではありません、パートナーのみほさんです
響きが可愛いということでこの名になりました
元々はみほさんが昔住んでいた場所に開墾した畑の名前らしいので我が家の方は「ナニヌネノーエン 三重支部」という具合になりますかね
おわり
こうして畑を持つことになりました
キエーロといいプランターといい、すべてみほさんの影響で好きになったものです
自分に影響を与えてくれるみほさんに感謝しながら、寝ることにします
おやすみなさい
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